一緒に帰ろう

おじいのどたばた騒動でみられなかったクラゲドラマの最終回でのええ台詞。
それを見ながらべそべそ泣いた記録。
あんな風にすれちがったら絶対に再会できないなとか思ったよ。


えらく、ぶっちゃけだけど、記録と嫁の愚痴を残しておきたくて。
後から見て自己嫌悪でもとりあえず



おじいの診断が途中経過であれ、たぶんアルコール性痴呆って話を主治医から聞く。

先週、アルコール依存症の治療のための転院をするつもりであったのが、最低条件の自立歩行と排泄の自立が出来ないのでご破算になった後、今後の治療方針の相談のため主治医と面談をしたのが19日の午前中。

いつも一緒にいるのが当たり前、ってことで、二人で主治医と面談をして、今のところの診断を聞く。

面会ごとに気になっていた、ぼけ具合を主治医も把握していての事だと思われるが、一昨日前後に認知症のテスをしてみたということで、満点なら30ポイントであるのがおじいの獲得13ポイントであって、認知症との判断基準が22ポイントだから、認知症と認定できるから、今後の事も含めて、まず介護保険の申請をした方がいいということであった。

申請、介護認定、老健、特養って段階を踏むことが定説らしいと、暗に言っておられると私は思ったのだが、肉親のそんな状況を認めがたいおやじと私と、どんどんギャップが広がっていくのを感じていた。


ウチへ戻ってから、おやじの本意ではない空気を感じながらも、時間のとれないおやじの代わりに一人で市役所へ行って長男の嫁の申請って記入をして介護申請をしてきた。

立ち会いは二月に入ってからで、認定が出るのはその一ヶ月後だ。

転院してからのおじいのようすを見ていても、アルコール性の痴呆に移行しつつあるのは認めざるを得ないと私は思っていた。
おじいと二人で夕食の時間を共有していた時から、それは認めたくなくてもそう思わざるを得ない思いをずっと抱いていたのは私一人だったかもしれない。


だとすれば、おじい本人も含め、どれだけまわりが穏便に過ごせるかを最大重要事に考えなければならないと思う。
だけど、おやじはとにかく、ウチへ戻れるような状況なら(その認識に私との差が大きく開いていても)おじいをウチで見るつもりだという。この想像力の未熟さに唖然とするが、実の父母との体験をしている私とは違って当たり前かもしれない。


これを記しているのが三時頃。
その前におやじもキーボードをバコバコしていた。

アルコール性痴呆とか、介護施設とか、認知症を抱えた家族の話とかぐってみたりしたんだろうか。


そこから目を背けて、迅速に介護申請し行った私を無視して、不機嫌オーラを出しまくりなおやじと、この先認知症おじいを同じ気持ちで介護して当たり前ってやっていけると思っているんだろうな。


だから、真夜中にこんな事をぶっちゃけたくなるんだよ、私が。


でもさ、仕事をしながら実家の父親を介護してる友人も身近にいるんだよな。
すっごいなぁと、心の底から尊敬する。



でも、私はそんな風になれない気がする。

ちっこなわたしは深夜のぶっちゃけでガス抜きだ。

つよちゃんの1778映画を見にいくことは出来ないかもしれない。
半年くらい前から楽しみにしていた、啄木とテンペストも夢に終わってしまうかもしれない。


でも また いつか 心の底から すまも藤原もやまこも楽しめる日が来ることを 願っているのであります。

恥も外聞もなく はき出したくなったしんしんと寒さの身にしみる夜中 だす。




思い出した疎外感。

現実に危険な眼に遭ってる娘より、入院中のおじいの状態の方がずっとずっと気がかりな様子のおやじ。

そう、義母が余命幾ばくもないと知らされたとき、3ヶ月だった乳飲み子と三歳になったばかりの娘の父親であるより、母を思う息子でいたおやじ。

またあのときと同じような思いを味わうのだろうか、杞憂だったらいいのだけれど。


もしもおやじかここを見つけたら、私のこの先は茨のみちなのかなあ。ま、記録だす。