血が騒がないのか

起き出す時間は遅くても、ぼんやり目の覚める時間は案外早い。
一昨日の朝も、5時51分です、地方のニュースですなんて、NHKテレビをイヤホンで聴聞き始めた。
その後、寝たり起きたりを繰り返しながら、おお?って思ったのが、70才を越えた大工さんが竹で五角箸を作って、それが合格に繋がるから受験生のお供になってる、なんてのがうすらぼんやりの記憶として残った。

で、夕方だ。おじいが、
”うらのおばあがなあ 竹で箸作れっていってなぁ。五角のを。テレビでやっとったで。”という。
”ああ、それ。今朝NHKのニュースでやっとたに。70越えた大工さが作ったとかやで、おとうさんも作ったらええのにと思ったわ。ほやほや、○○(義妹の息子)が今度高校入試やで作ったりゃいいがん。”と言ってみた。
”入試は3月入ってからやで、まだひと月近くあるで間に合うに。”
”ほりゃ、できすぎるな。門松の竹がまだそのままほかったるでそれで作りゃええ。”と、いかにも簡単にできるような事を言っていた。

おじいが棟梁だった頃、大吉建築(ほとんど棟梁一人だけどね。小僧さんがこづかくんってオカシイでしょ。しゃかんさもぶりきやさんもいろんな専門の人をそれぞれ頼んで、一軒の家をつくっていた。)を背負っていたので、大吉って名を入れたらそれはそれは縁起がいいじゃない。
”ほや、おらぁ産まれたときから大吉やでなぁ。”と、その話を一くだり。
筆箱に入る長さがいいらしいから、そうすればと、娘が何かの折りにもらった小さな筆箱をおじいに渡しておいた。


で、昨日だ。
早速、竹細工に取り組んでいた。夕方、ほれっと、大吉の名を入れた竹を嬉しそうに見せにきた。

残念だ。長方形の上隅が斜めになってるだけで、どうみても五角には見えない。

”ほりゃ、五角やないでだめやわ。それはただの竹の箸やに。”と真っ正直に言ってみた。
自分では傑作のつもりだったので、どうみても五角だがやと言い張るが、それは違うんだよ、じいさん。

いつものおじいならそこからまた奮起するのだが、今日は箸造りに取り組んでいる様子もなかった。

おかしいな 大工の血が騒ぐのがおじいのおじいたる所以なのに。

それが上手く出来上がったら、娘にも送ってやって、せめてものエールになればと思ったのだが、果たしてそれは上手く出来上がるのだろうか。

明日、もう一度、おやじに大工の血を騒がせてもらおうかと目論んでるのだが、どうなるかな。